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出来る事しかしない、楽な人生だけどつまらない人生だよね

私は人生に目標を持つことがとても重要だと考えています。

目標は人生の羅針盤であり、迷わないためにはとても重要なものですが「目標がない」と言う若者・学生が多いのですが何故か?分かりますか?

私にはよくわかります、なぜなら自分の人生に「可能性を感じていない」という事が原因なのです。

だから「医者」や「パイロット」「総理大臣」などの大きな夢は見れないのです、なぜなら誰よりも自分が自分を信じていないからなのです。

原因は「出来る事」だけをさせてきた結果なのです、失敗を恐れ、変なルールを順守し、妥当な目標を妥協して受け入れているからです。

つまり簡単に言うと「出来る事は出来る」「出来ない事は出来ない」と決めつけているのです。

だから大きな夢や憧れを持っても「自分には無理だ・・・」とあきらめてしまうのです。

私は可哀そうだと感じてたまりません、老人のような学生をたくさん見てきました。

自分の未来に可能性を感じる事が出来ないなんて、それほどつまらない人生があるのでしょうか?

自分にはやれば出来る力がある、自分は特別な人間だ、やればできる、そんな思いをしていない学生に大人は「夢を持て」「目標を持て」「努力しろ」と言うのです。

ですからお子さんに夢を聞いてみてくさい「公務員」だの「看護師」だの「学校の先生」だの言っている子は危ないし、自分の未来に可能性を感じていません。

それはなぜか?「壁を突破した経験」が無いからです。

出来ないというのは自分の思い込みだと気付く瞬間が必要なのです。

小さな出来たの積み重ねが「出来る」と言う思いを作り、挑戦することで「確信」に変わり、そこから人生を真剣に「夢見る」と言う状態を作るのです。

出来ないなら無理しなくてもいいよ~なんて教育を受けて、どうして自分の人生に夢を見れるのでしょうか?

自分は出来るという「証拠」を見せてあげる、これが教育者の仕事だと私は思っています。

無理だ、出来ない、つらい、したくない、出来ると思えない・・・そんな事でもやれば出来るとこちらはわかります、専門家ですから。

そして必ずやり遂げさせる、これを繰り返せば「大きな目標」を持たない方がおかしいのです。

しかし、今は子供の意見を尊重して、嫌がる事はさせない、無理もさせない・・・そんな環境下で育った学生が自分の未来に可能性を感じられないのは当たり前だと思います。

努力をして、積み上げて、計画をして、無理だと思われることをひっくり返す、この経験が無い人間が「才能」を言い訳に努力しない事も私は納得できます。

私も中学受験に失敗して、自分の事を全く使用しなくなり、最後に自分は自分は失敗する人間だと心から思っていました。

しかし、その考えを変えてくれたのは「兄」でした。

兄は中学受験に成功し、現役で一橋大学法学部へ合格、そのまま司法試験を突破し弁護士になりました。

私から見れば人生の勝ち組であり、自分とは違うと感じていましたが、私が大学受験の時に「だからお前はダメなんだ、全部人のせい、才能のせい、環境のせいだと思っている。勉強する意味がまるで分かっていない」と言われ目が覚めました。

そして最後の受験である大学受験だけは残り期間だけでもちゃんとやろうと思い、何とか第一志望の大学に合格しました。

そこから「あれ?自分が勝手にあきらめているだけか・・・」と考える様になり、現在に至ります。

あの時一生懸命私を叱ってくれた兄を今も尊敬しています、同時に私と同じように勝手に自分であきらめている人にたくさん会いました。

でもその人たちには私の兄のような絵にかいたような成功者が間近にいなかったのです。

だから私は生徒さんたちに「自分の可能性を制限するような声かけ」は絶対しません、そして挑戦をけしかけ、一緒に並走し出来る事を証明してあげたいのです。

だから私は以前から書いてますが、出来ない子など一人も居ないし、受験は挑戦することにしか意味はないと思っています。

自分にはそれが出来ると思える理由は「尊敬する兄」に人生の勝ち方を教えてもらったから、みんなにそれを教えてあげたいのです。

私は大学受験で兄の理論を痛感し、人生が開けました。

上手くいくか行かないか?それは考え方と、勝ち方を知っている人間と共に過ごせるか?と言う事なのです。

学生時代に自分の可能性に気付いた人間は社会へ出て恐ろしい活躍を見せます。

学生時代に自分の可能性に気付かなかった人間は「あきらめ」と「妥協」を繰り返し、後退の人生しかありません。

私が勉強を通じて教えたいのは、生徒さん自身の可能性なのです。

自分に可能性を感じる人生、それは最高に楽しい人生なのです。
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勉強出来ない=結果にこだわっていない=やっていない。それだけです

今中学生はテスト期間の真っ最中、この土日も生徒さんが勉強に来ていました。

当教室では主要5教科合計350点以下の生徒さんは土日も強制的に勉強会へ参加すると言う規則があります。

しかし、350点に届いていない生徒さんでも参加しない生徒さんも居ます。

せっかく勉強会に来ても、勉強法をアドバイスしても無視していたり、当教室ではテスト勉強中の禁止事項がありますが、それを無視していたりと中学生は一筋縄ではいきません。

私が中学生を見ていて思う事は「賢い生徒さん」ほど柔軟な考え方をしていて、アドバイスも一度聞き入れて試してくれます。

勉強で苦労する生徒さんほど、自分のやり方を強固に守り「自己流」を貫こうとしたり、アドバイスを無視したりして勉強します。

テストで効率よく点数を取ろうと思えば、我々のアドバイスは非常に有効ですが聞き入れてくれない生徒さんが居ます。

中学の勉強はその気になれば誰でも出来る様になりますし、やり方もそう難しいものではありません。

では何故点数を取り切れない生徒さんや勉強で苦労する生徒さんが居るのか?

結論から言えば「結果よりも自分のやり方を優先している」という事なのです。

そろそろ保護者の方に気付いていただきたいのは、中学で成績に困っている生徒さんは「本当に困っていない」という事実と、結果を出すために本当に努力をしていないという現状なのです。

私は今まで多くの生徒さんを指導してきましたが、ちゃんと頑張って出来る様にならなかった生徒さんは居ません!

ただアドバイスを無視していたり、自分のやり方にこだわったり、一番多いのは「頑張っていると言うアピールプレイ」に精を出す生徒さん、後は結局勉強やりたくないと逃げる生徒さんなのです。

簡単に言うと高校生になれば、中学生までの勉強が出来ていなければ、成績が安定することも伸びることも大変難しい状態になります。

しかし、中学生はやれば誰でも出来るのです、問題は覚悟の問題なのです。

当教室は前々から断言していますが、塾に休まず来る、宿題をちゃんとやる、この2点だけで成績は取れる様に全員なるのです。

しかし、そこに頑張っている、苦労しているのアピールプレイに時間を費やしたり、自分の効率の悪いやり方を貫いたり、休む・逃げる・誤魔化すなどが介在すると上手くは行きません。

それも結局は本人の覚悟なのです!

本人が出来る様になるしか無いと腹をくくれば、どうにか結果を出したいと考え、我々のアドバイスも素直に聞いてくれるのですが、結局のところは「覚悟」の問題なのです。

では生徒さんの覚悟の邪魔になっているもの何か?

ズバリ「甘い教育」と「好き嫌い」なのです。

甘い教育は前に書いたとおり、機嫌や状況で同じ結果でも「制裁」が加えられる場合と許される場合が変わる、ルールがコロコロ変わる教育であり、叱らない教育とか制裁を加えるとか全く別の問題です。

もう1つは「強い好みを持つ」と言う事です。

これで一番多いのは「人にどう見られるか?」ばかりを気にして、結果よりもプロセスが他人にどう写るか?を気にするタイプです。

私は常々、後輩にも従業員にも言っていますが「どう思われるかよりも、どうなりたいか」が重要であると言っています。

誰かにどう思われるかなど、私は全く興味がありません。

常に自分がどうなりたいか?しか考えていません。

何故なら他人の目に映る自分の人生などどうでも良いと思うからです。

自分が思うような人生を送ることが重要な事であり、そのプロセスを誰がどう思うかなんて考えても無駄だからです。

私は人生で納得のいく結果を数回だけ出した事がありますが、人は結果だけを見てコロコロ意見が変わり、何の責任感も無い発言をしているだけだと思い知ったからです。

つまり、勉強なんて一番簡単でやれば誰でも出来る様になるんです!

それが出来ないのはハッキリ言っておかしいのです。

何がおかしいのか?ズバリ考え方です。

これ以外無いのです。

しかし、私が知る限り多くの塾関係者がこの事を知らず、勉強法だの、努力の量だの、根性論だの一番重要な「考え方」を指導せず「勉強を頑張れ!」と繰り返します。

私は無駄だと思います、まず自分に取って結果を出す必要があるのか?それは避けられないのか?を考え、どうしても結果を出す必要がある、そう結論が出れば「結果につながる事」は何でも受け入れてくれます。

その状態で出来ない生徒さんは一人も居ないのです、一人もです。

甘い教育、厳しい教育

私は甘い教育には断固として反対です。

ただし、甘い教育と厳しい教育の違いを分かっていない保護者の方々がとても多いように思います。

甘い教育というのは子どもの言いなりになるとか、好きにさせるとかそんなレベルはお話になりません、そもそも甘いとか厳しいとか以前の問題だと私は考えています。

私は「厳しい教育」を実践しているつもりの「甘い教育」をたくさん見てきました。

結論から言えば厳しい教育とは、どんな事があろうが「ルールが変わらない」という事なのです。

体罰を加えるとか、激しく叱責するとか、そんな事ではないのです、どうあろうとルールが変わらないと言う事が大切なのです。

私が以前見たご家庭が酷いもので、息子の野球チームに居たご家庭ですが体罰は加える、叱責もする、時には引き釣り回す事もありました。

しかし、子どもは間の抜けた顔をしていて、同じような事で毎回叱られて居ました。

コレは何故なのか?答えは簡単です、父親の機嫌で「許される。許されない。」が決まるからです。

簡単に言うと、全く同じ行動をしても「ビンタされる事もあれば、しょうがないなぁ~とあっさり許される事もある」という状態のなのです。

子どもは親に叱られるのが大嫌いなので、どうすれば叱られないか考えます、その結果「親の機嫌が良ければ良い」という結論を出したのです。

私はその父親が「うちは厳しく教育してますよ!」と言い切っているのに、何故こんなに子どもが間が抜けているのか不思議でしたが、観察する内にルールを変えているからだと気付きました。

その後当教室でも観察をしていると、親の機嫌でルールを変える家の子は同じような事を何度もする、間違いが修正しない傾向にあると分かりました。

厳しいと言うのは子どもが泣こうがわめこうが、どれだけ苦労していようが「やるべき事はやる、いけない事はいけない」と伝える事なのです。

だからハッキリ言いますが気分でルールを変える人間の叱責や体罰は私は暴力だと思います、何故なら気分で制裁を加えているからです。

しかし、叱責をせずとも、体罰など加えずとも「ルールを変えない」という事は厳しい教育なのです。

今の教育業界は「制裁」に対してのみ、厳しいとか甘いとかそんな議論をしていますが、ルールを変えない、一度決めたことは貫くという事が大切なのです。

だから甘い教育、つまりルールを変える保護者に教育された子どもは結果を出す事よりも「許される事」に重点を置きますから、自分がどれだけ苦労しているか、どれだけ辛いか、どれだけ努力したか?のアピールをします。

そして同情してもらい「許し」を得ようと努力します。

ですから、求められている行動とりも、結果を出す事よりも、何より親の許しを請う事が重要なので、結果は出ません。

甘い教育、ルールを気分で変えられる環境で育った子は「出来ない」という言葉をすぐに口にして、泣くと言う事も頻繁にします。

その行動の全ては「親が許してくれる」という過去の経験なのです。

言い訳が多いとか、ウソをつくという行動も結局はここに繋がっています。

だから皆さんが勘違いしているのは、厳しい教育というのは厳しい態度で接する訳でも無く、制裁を加えるわけでも無いのです。

一度決めた事は「気分で変えない」と言う事なのです。

元も子もない意見を言えば、親に一貫性があれば、子どもはちゃんと成長しますし、親に一貫性がないのに「教育」について考えても無駄なのです。

私は子どもを殴る蹴るしながら、気分で甘やかしていたあの子がどうなったか?心配でなりません。

何故なら彼の思考の中に「ルールはアピールで変わる」と根付いているので「法律すら変えられる」と考えているからです。

今年も芦屋国際中等教育学校一般枠に合格しました!おめでとう!

今日は芦屋国際中等教育学校の合格発表の日、見事一般枠で合格してくれました。

おめでとうございます!

合格基準が分からないとか、試験対策何をして良いのか分からないと言われる芦屋国際ですが、試験対策は確かに存在します。

当教室の受験は一貫して「指導を守ってもらえれば合格する」という指導をしています。

これだけ当教室から芦屋国際の一般枠で合格が出るというのは、指導が的を得ているという事だと思います。

今回合格された生徒さんは課題もきちっとやってくる真面目な生徒さんで、自分の意見もきちっと言える子でした。

以前に芦屋国際へ合格した生徒さんもお正月休みに出した宿題を一人だけちゃんとやってきた生徒さんでした。

受験は人間性だと当教室が訴える一番の理由はここなのです。

真面目に課題をこなしてもらえれば合格ラインには達する事が出来るのです。

今年も芦屋国際という高倍率の学校で合格を出せたのはほっとしました。

合格おめでとう!よく頑張りました。

このまま求人天国は続くのか?

今の世の中は転職が普通の世の中、終身雇用制度などまさに崩壊の一途をたどる。

私も実は終身雇用制度には反対で、雇用価値の無い社員は解雇しないと会社が続かないと思っています。

しかし、現在の転職事情はよくないとも思っています。

何故なら、日本の大学は即戦力になるための教育はほとんどしていません。

仕事は会社に入って覚えるのが普通です。

しかし今は入社一年以内にやめてしまうのが普通だそうで、転職した方が給料が良いと聞きます。

そら当たり前の話です、何故なら何も分からん新入社員に「投資」をして、育てて一人前にするという事が前提で日本の教育システムは出来ています。

中途社員の出来る人間だけを獲得していけば、最初の投資が必要ない分給料を上乗せしても採算が取れます。

それに加え、必要なければすぐに解雇が可能ですし、雇用側にとって非常に都合の良いシステムだと言えると思います。

しかし、これから社会へ出ていく学生たちにとってはどうなのか?

おそらく新卒を採用する「メリット」がなくなってきます。

そしてわざわざ「投資」をして仕事を教え込むよりも、元々出来る人間を中途採用していけば「利益」は出しやすくなるのです。

ちゃんと大学まで出た学生を新卒でとる企業が極端に減っていく社会が想像できます、これでいいのでしょうか?

会社としてもせっかく投資して育てても、やめて他社へ転職するなら初期投資は無駄だと判断するのではないでしょうか?

しかし、今は人手不足と言われる状態なので「売り手市場」の状態で、新卒も中途採用も豊富に求人はあります。

いつまでこの状態が続くでしょうか?私はそう長く続かないと思います。

一昔前に言われていた「ワーキングシェア」という事を覚えていますか?

簡単に言うと8時間で6人雇っている会社が6時間労働で8人雇うと同じ延べ労働時間は48時間になるという考え方です。

このワーキングシェアにより、優秀な社員さんが副業を始める事になり、AIの発達で機械へ仕事が移行する事もあり、求人が減っていくのは目に見えています。

もちろん、日本経済が今後もガンガン成長していけば求人は増え続けますが、日本企業がこぞって成長する事は想像しにくいと思います。

今のような甘えた理由で転職している若者が職を失う未来が来るかもしれません。

そうなった時に教育は今のままでよいのでしょうか?

個人の意見を尊重し、嫌がることはさせず、無理もさせない、そんな学校社会で育った若者が本当に厳しい未来が来たとしてやっていけるのでしょうか?

私は前々から言っていますが、ジャパンクオリティーの正体は末端労働者と言われる人たちまで「高い教育を受けている」という事が以前世界一と言われたジャパンクオリティーの要因なのです。

しかし今、嫌ならしなくてもいい、個人の意見を尊重する、無理をさせない・・・そんな教育で育った若者がジャパンクオリティーを作りだせるでしょうか?

私は、無理だと考えています、何故なら今の中国を見れば明らかです。

EV・電気自動車を中国は国策として補助金を出し、国内に普及し生産量を増加し技術を育てました。

結果ろくでもないEVしか作れず、今中国国内は使えない・使われないEV車の廃棄が大きな問題になっています。

太陽光パネルも同じで、中国産の太陽光パネルを日本中に設置しましたがゴミが大きな問題となっています。

つまり中国は国策で太陽光発電も電気自動車も資金を投じ技術を育てようとしましたが、肝心の根っこにある「教育」が未成熟なため育たないという現状が明らかになったのです。

日本もこのままいけばそうなります。

国の根幹は教育であり、教育こそが国を作るのです。

多くの社会人の方々が「今の新卒は本当に使えない・・・」と嘆いています。

その理由は教育なのです。

勉強が出来る事は確かに大切です、しかしそれだけでは困ります。

学校が教える事は算数・国語・理科・社会・外国語が出来る様にすることですか?

何故主要五教科と言われる学力テストが重視されるか、考えた事はありますか?

どんなコンディションでもコツコツと継続し勉強という「義務」を真面目にこなし、しかも一定の結果を出すという訓練のために勉強はあるのです。

その副産物として、医学や法律や工学などを学ぶ専門家になる生徒さんもいるだけで、勉強の延長線上で仕事が成り立つ人間などごく一部です。

ほとんどの人は勉強を通じて、自己管理や計画性、目標設定と実行を経験し仕事に活かせる「スキル」を身につけるのです。

そのスキルこそが一生使える「能力」なのです。

今の勉強は本当に複雑で「面白さ」がどんどん減っています・・・しかしその中でもちゃんと最低限の努力を続け、どんな時も基礎理解にだけは一生懸命努力を続けてきた人間だけが「国立大学」への扉を開くのです。

ですから国立大へ入学する事に意味は私はあまりないと考えていますが、国立大へ進学する努力の過程に意味があると私は確信しています。

私は偏差値教育には本当に嫌気がしていますし、根本的に反対です。

だからこそ断言できます、これからが本当の学歴社会になると私は考えています。

今までは中卒であろうが、高卒であろうが、大卒であろうが仕事は存在し、それぞれ生きる道がありました。

私の友人も最終学歴は「少年院卒」ですが立派な会社を経営し、私の数倍の税金を国に納め多くの従業員とその家族を養っています。

しかし今後はまず大学を出ている事とか資格を持っているというような「条件」が最初に必要になると思います。

何故なら、我々の頃勉強しない生徒さんは「根性」」があり、あまり深く考えず「行動力」が抜群でした。

今の勉強が苦手な生徒さんを見ると「行動力」が無いから勉強が苦手というケースがほとんどなのです。

ですから今後仕事が減少してきたときに求人に多くの人材が来れば「まず勉強というめんどくさい作業にどこまで向き合えたか?」という判断基準が出てきます。

その上で「人間性」や「社会性」「人当たり」などの基準で選んでいく事になると思います。

今の求人がたくさんある状態では今の教育の問題点は見えてこないと思います。

しかし、少し未来を冷静に考えてみると、おそらく仕事の数は減り、仕事に多くの人が応募してくる事を想像してください。

まず履歴書で判断できる「基準」を設けるしかありません。

その最も簡単な基準が学歴なのです。

私は今すぐ学校の教育も改革してほしいと望みますが、おそらく無理でしょう。

だからこそ、各家庭での「自己防衛」をずっと訴えています。

社会へ出て困るのはお子さんです。

学生時代に何を経験させるべきなのかもう一度ちゃんと考えてみませんか?

HPの動画撮影めっちゃやてます。

我々が子どもの教育に関わり20年近くが経過、色んな事を経験しました。

私自身は金融の会社ですでに「投資の教育」を行っておりましたので、教育に関わり30年が経ちました。

今思えば、人に何かを指導すると言うのは「天職」だったのかも知れません。

金融業界からネットワークビジネスでITの世界へ、ネットワークビジネスもまた「人間教育」の世界でした。

私自身ももちろん多くを学びましたし、上手く行くとか行かないとか、成功するとかしないとか、その理由を考え人に教えると言う事を真剣にやってきた社会人生活だったと思います。

私から見て良い指導者は「直し方」「原因追求」の上手い指導者が良い指導者だと思っています。

ですから自分自身、学生の教育という所にはほとんどの答えを持っているつもりですし、どうすれば良いのか分からないと言う事はほぼ有りません。

その考えから、教室のホームページに自分が今まで教育の中で分かった事、解決策を動画で次々と載せていく事にしました。

今はまだ各部門の説明で手一杯ですが、今まで経験してきた事で間違い無いと思ったことを言語化して、載せて行きたいと考えています。

結論を言えば「自然な子育て」が一番なのです。

何か無理にバランスを崩してでも「達成したい何か」があるので、教育のバランスは崩れて悩みが生じます。

しかし、ある程度ルールを守らせ、自立させておけばそんなに教育で悩む事はありません。

私の娘に「一橋大学の法学部」へ進学して欲しいと伝え、娘も取り組んではくれましたが結果は不合格、一瞬落ち込みましたがよく考えれば「大阪学院大学卒」の私の娘ですから当然の結果だと思いました。

息子も同じです、私の息子と言う観点からみれば「上出来」だし、出来すぎです。

彼にはプロ野球選手になって欲しいと願いましたが、中学のサッカー部で補欠だった私の子ですから、高校野球で主将をしていたのは驚きですし上出来です。

しかも私はすぐに仕事やバイトをコロコロ変えましたが、割と長続きしているようなので上出来です。

しかし、娘を一橋に合格させる方法はありましたし、息子をプロに入団させる方法はありました。

どこか反省点があった事も確かですし、私が知る法則にも当てはまっています。

ですから、私は皆さんに色んな広い視野を持ち、大局を見て判断する力を持っていただきたいのです。

もちろん、生徒さん達もそうですが、保護者の方にも私が知っている事は出来れば知っていただきたいのです。

教えたいとか、学んで欲しいとかそんな生意気な発想では無く、自分が苦汁をなめ、地べたを這いずり回って得た教訓なので知っていて損は無いと思いますし、私ももっともっと色んな事を知りたいのです。

何より、早くこの事を知りたかったと思う事もありますので、自分が知っている事は動画にして残していこうと思います。

良く言う話ですが、私は勉強知る意味を大学受験の半年前に知りました、コレを中学生で知っていたら・・・と考えましたし、自己評価の重要性も25歳で知りました。

さらに言うなら「資産形成の考え方」を49歳で知りました、もっと早く知っていたらと心から思います。

私がネットワークビジネスで得た「成功の法則」や成功哲学、それを知った上で学んだ「日本人の成功哲学」などは20代で知りたかったのですが40歳を越えていました。

昔は本を読めと良く言われましたが、知識は音声で知る事が出来ると感じたのも45歳を過ぎていました。

情報は知っておいた方が良いと言いますが、私が音声で残したいのは「情報」というような生意気なものでは無く単なる「お知らせ」です。

誰もが知っていることだと思いますが、もし知らない人が居るなら知って欲しい、聞いておいて欲しい。

その程度のものですが、慣れない作業で時間がかかるのが厄介ですね。
プロフィール

KAZ・FUJITA

Author:KAZ・FUJITA
学習教室を運営して約20年、教育の仕事に関わりすでに約30年。日本の教育は間違っていると感じ正しい教育とは何かを考え続けここまで来ました。私自身の経験から「社会で活躍出来る人間とは何か?賢いとはどう言うことか?世界の教育の今、何を求めているのか?そんな事を考え子供達の指導をしています。私の考えをココに書いておきます。私はウソは大嫌いです、何でも本音で書きますので気分を害される方は読まないで下さい。
尊敬する人物は「坂本龍馬」と「諸葛亮孔明」
座右の銘は「因果応報」
教師とは職業ではなく生き様である、が信条です。

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