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教育は頑張る事に意味がある

教育現場で今起きている恐ろしい事、それは出来ない生徒を見捨て行くと言う判断を当たり前に指導者達がしている事。

一見この話を聞くととんでもない意見に聞こえるが、実は当たり前の事なのだ。

今指導者達は生徒さんを叱ることも罰を与えることも出来ず、小言を言われても黙って時間が過ぎれば許されると言う状態です。

全国の学校でどうせ黙って居れば説教は終わる、教師は結局何も出来ないと生徒自身が見切っている。

その結果そんな生徒を指導しても、問題になるか時間の無駄になるので多くの先生方は見捨てると言う選択をする。

しかし、見捨てるには「理由」がいる、そこで現れたのが「学習障害」という免罪符だ。

私も今まで教室で多くの学習障害の相談を受けてきたが、大半は「思い込み」で普通にサボっている、怠けている、逃げているが原因で恐ろしい程出来る様に成った生徒さんも少なく無い。

しかし、親御さんが「この子は学習障害だから・・・」と言って、出来る事もさせない状態だといつまで経っても変わらず、結果本当に出来なくなってしまう事が多い。

私は出来ない子など一人も居ないと考えているが、いくら指導しても出来ない子は出来ないと考える指導者が大半で、その良い言い訳となっているのが「学習障害」という言葉だ。

しかし恐ろしいのは学生時代「学習障害」と判断され、手厚く保護してもらった生徒さんは社会仁になった時に手厚く職場で見ていただけるのか?

答えはNOで、周りの同量からは「迷惑」な存在として排除されてしまうのが現実だ。

しかし、学校の先生は学習障害という言い訳を元に「問題無く」卒業、もしくは上の学年に送り込む事が一番正解のやり方になる。

私はそんな事はしない、その子が出来るのか出来ないのかちゃんと見極め、出来る事はさせる、出来ない事は出来るように導く。

それが教育だと考えているが、私に出来る事が何故?多くの指導者に出来ないのか?逆を言えば、他の指導者に出来ない事が私に出来る理由は何か?

答えは生徒さんをとことん追い詰めたことがあると言う経験だ。

生徒さんが絶対逃げられない状態でとことんやらせた事があるか?生徒さんに絶対やらないといけないと言うプレッシャーをかけた事があるか?の経験の差だと思う。

私が最初に学習障害に興味を持ったのは、息子の同級生でどう頑張っても出来ない生徒さんが居たからこそ学習障害を勉強した。

その結果、多くの特性について知る事が出来て、非常に約に立った、同時に実際そんなに特性の強い子は居ないとも気付いたのだ。

残念ながら「出来ません・分かりません」を繰り返す生徒にプレッシャーをかければ出来たと言う事がどれだけ多くあったのか、本当に驚きました。

しかし、今学校で生徒さんにプレッシャーをかければ「パワハラ・モラハラ・体罰云々」で先生は失業する可能性もあります。

先生自身にもお子さんが居て、そのお子さんの未来を危険にさらしてまで他人の子を指導する理由は無いんです。

しかも、その出来るのにやらない子は「素直さ」も「真面目さ」も無いんです、そして一番恐ろしいのはその子達が真面目に頑張る子に「頑張る意味」を失わさせるのです。

人類は「楽」を求めて進化してきた事は間違いありません、人間は「楽」と「便利」に弱いのです。

自分は一生懸命勉強をしているのに、やらずとも許される子が目の前に居れば本当に頑張れるのでしょうか?

恐らく無理だと思います。

現に学校は行かないといけないと言う常識を崩したのは「コロナ騒動」で一気に不登校の数は倍増、今まで踏ん張ってきた子達が学校へ行くことに疑問を持ち始めたのです。

私は前にも書きましたが、多くの指導者と本音の話をしましたが「優しい指導者」は冷たい人間がほとんどです。

しかし例外はあります、それはトップレベルの指導をしている指導者には優しい人は多いのです、何故なら「叱る・罰を与える」という低次元の世界をクリアした人間のみを指導しているからです。

つまり、日本代表と少年野球と同じ指導など出来るはずが無いのです。

当たり前に出来る事を諦める、逃げる、サボる、出来ないフリをする・・・そんなl事をする子どもをまず頑張らせて「能力そのもの」を成長させる事が一番重要なのです。

私は受験指導を専門としていますが、「甘やかされた子」は受験で伸びません、何故なら「他人の助け」を待つ傾向があるからです。

しかし、自立している子は伸びます、何故なら「自分で何とかしようと工夫する」からです。

では問題です、本当に小学校や幼稚園から教え込んで「知識」を増やす事が正解でしょうか?それとも簡単な問題だからこそ自力でなんとかする癖を身に付けさせるべきなのか?どっちだと思いますか?

早くから教え込まれた子は「物事の成り立ち」や「基礎の根本理解」をすっ飛ばし、暗記に頼ったパターン学習を早くから進めます。

いくら進んでも「スッキリする事」はありません、何故なら成り立ちや根本が分からないからです。

多くの進学塾は「馬鹿」でも「考えられない子」でも、言うとおりにすれば合格出来る「カリキュラム」を持っています。

逆を言えば、そのカリキュラムで進めば馬鹿になるのです。

偏差値の高い、テストで高得点を取る、何も考えられない子に成長するのです。

その事が本当に正解だと思いますか?

出来ない子を「学習障害」だと諦める先生方が間違いだと言えますか?

それともその子が出来る精一杯をやって「成長」に重点を置いた教育を学生時代にするべきだと思いませんか?

しかし、学校も塾も違う教育をしています、私はそれが問題だと20年ほど前から提唱しています。

理由は自分が最初に居た金融の会社で「高学歴にポンコツ」をたくさん見てきたからです。
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本末転倒な指導、その指導の意味を考えて欲しい

今は物価高と長年上がらない賃金の問題で、生活はドンドン苦しくなっていると実感されている方も多いのでは無いでしょうか?

我々学習教室としても今までの経験が役に立たないくらい、社会情勢が変化してきています。

私個人の意見としては、算数指導などは早い内にプロに指導してもらう方が将来圧倒的に楽になると思いますが、経済的事情でそうは行かない場合もあると思います。

そして私が長年抱えている悩みは「ご家庭での指導」があまりに間違っている・・・という悩みなのです。

勉強、特に英語・数学・国語に関しては「初めの指導」がとても重要で、最後大学受験まで影響します。

しかし、算数・英語共に簡単な内容から入るからこそ「教えられる」と勘違いしてしまい、後々大変な苦労をさせる教え方をするご家庭も多いのです。

その時に学ぶ「簡単な問題」から何を学ぶのか?コレが大切なのです。

一見関係なさそうな事が後に大変な差を生むと言う事があります。

私が最初にそれを実感したのは、息子の野球でした。

皆さんは野球部が良く走らされている姿を見ませんか?私は実はずっと不思議でした。

何故なら野球は半分の時間ベンチに座っていて、そう体力が必要とも思えないからです。

しかし、実際野球を息子がしているとやたらめったら走らされるのです・・・何故なんだ?本当に分かりませんでした。

そこで当時チームの監督をされていた「足立監督」に聞いて見ると、納得の解答が帰ってきました。

足立監督は三田学園を甲子園に導いた指導者で、教え子はプロでも活躍した素晴らしい理論はの指導者でした。

私もコーチをした事があるので選手を見て「何が悪い」とは簡単に言えますし、正直少し野球に関わった人間なら誰でも言えると思います。

しかし足立監督は「どうすれば直る」という直し方が明確で、熟知している所が他の指導者との圧倒的な差でした。

実際、コントロールが悪すぎる投手が体験に来たとき、一緒に彼を教えた指導も同行してきて「どうしてもフォームのバランスが直らない・・・ありとあらゆる事を試してきたがダメだった」という選手のフォームを一瞬で修正し驚きました。

だからこそ足立監督に質問したのです「何故走らせるのですか?」、回答は明確でした。

足立監督は上手くなる選手は「体力のある選手、何故なら長く練習出来るから」と教えてくれました。

140Kmのスピードボールをホームランにする理論を聞けば、それは一種の「芸術」だと分かります。

その芸術を身に付け技術にするためには気が遠くなるほどの「反復練習」が必要なんだそうです。

もう一つ、私が就職した時期に「野村證券」の新入社員は名物研修として、部長以上の役職者の名刺を100枚もらってくるという研修がありました。

コレは単に名詞を集めると言う技術を試す研修では無いのです。

まずは名詞をいただく為に初対面のお客さんとコミュニケーションを取る練習でもありますが、それだけで部長以上の名詞を100枚集める事は出来ません。

実はどの会社の誰がくれたと言う仲間と情報交換をして、工夫して仲間との連携を取ると言う部分に気付かせる目的もあるのです。

つまり、野球において単純に走り込みを陸上部のようにやる、名詞をコレクターのように集める、意味がないのです。

その先、長く練習するための体力精神力を鍛える、名詞を100枚集めると言う目的のために必要な工夫と技術を考えて実行する。

そのための走り込みであり、名刺を集める研修なのです。

その本当に意味を知りもせず、単に言われたことをやるだけでは当然結果が出ないのは分かると思います。

では皆さんは何故?1年生の時に簡単な勉強をするか?大人から見れば「すぐ分かる簡単な問題」でも、何故その問題を解かせているのか?の意味を考えず「答え」を当てる指導をしていると先々困る事になるのです。

では何を教えるべきなのか?

まずはしっかりと問題を読むと言う事、もう1つ想像して問題を読む、そしてメモに情報を整理するという事なのです。

大人と子どもの頭では想像出来る大きさが違います、だから大人の考え方で指導するのでは無く、子どもの頭の使い方を指導しておくべきなのです。

小学校の1・2年生の勉強は言わば「基礎訓練」なのです、その基礎訓練は「単純だから」という理由でただの作業としてこなす方法を教えて居ると先々大変な苦労をします。

実は基礎が一番大切で良い癖をたくさん持っていると言う事が急成長する、トップレベルで戦う事の最低条件なのです。

お父さん方はゴルフで経験していると思います、最初のスイングを我流で身に付けた人は趣味レベルの「遊び」なら十分ですが、シングルを目指すような時に最初に身に付けた「悪い癖」がそれほど障害になるか・・・

しかし、勉強ではそんな事を気にせず目の前の問題に正解する事だけを目的に指導してしまうのです。

その時に身に付けておくべき「技術」を正しく理解して指導して上げる事が大切なのです。

簡単な問題をパターンで解くことは、楽ですが先はありません。

誰もが分かっている事だと思います。

家庭で勉強を指導する場合はまず「問題を自分の言葉で言語化して説明させる」という事を重点的にしてあげて下さい。

そして文章題では必ず状況を紙に書いて整理する事が大切です。

複雑な問題はメモを使わないと解けません、しかし簡単な問題でメモを使っておかないと複雑な問題でいきなりメモは使いこなせません。

簡単な問題、頭の中だけで整理出来る問題でメモを使宇練習をしておかなければ難しい問題、複雑な問題でメモなんて使えません!

一番勘違いしているのは「分らない問題でメモを使う」という考え方なのです。

そして勉強を苦にせずスラスラとできるようになる為に「メモを上手く使う」というのは筆数の能力なのです。

しかしココに焦点を当てて指導する指導者が余りに少ないのは驚きです。

その時お子さんが出会う問題の解答を考えるのでは無く、何を身に付けさせるべきなのか?を考えて指導するのです。

そこにミスが無く、何を指導するべきなのか熟知しているから我々はプロとしてお金をいただけるのです。

問題の解答、解き方を指導出来る人間は山ほど居ます、特に小学生の算数は腐るほどいます。

しかし驚く位「何を指導すべきか」を分かっている指導者は少ないのです。

野村證券が名詞を集めさせる理由、野球で走らされる理由、その本質を分かってアドバイス出来る事が重要だと私は思っています。
プロフィール

KAZ・FUJITA

Author:KAZ・FUJITA
学習教室を運営して約20年、教育の仕事に関わりすでに約30年。日本の教育は間違っていると感じ正しい教育とは何かを考え続けここまで来ました。私自身の経験から「社会で活躍出来る人間とは何か?賢いとはどう言うことか?世界の教育の今、何を求めているのか?そんな事を考え子供達の指導をしています。私の考えをココに書いておきます。私はウソは大嫌いです、何でも本音で書きますので気分を害される方は読まないで下さい。
尊敬する人物は「坂本龍馬」と「諸葛亮孔明」
座右の銘は「因果応報」
教師とは職業ではなく生き様である、が信条です。

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