FC2ブログ

受験の素晴らしいところは期限があるところなのです。

私は15歳からお金持ちになりたいと願い生きてきました。

きっかけは父の会社の倒産が大きく影響したと思います。

その結果、自分の会社を持ちたいとか、投資で一山当てたいとかずっと思っていました。

高校へ進学すると、成功した会社の特集にくぎ付けでいつか自分も成功するんだと強く願っていました。

ところが問題は「いつ成功するか?」ということを決めていなかった事なのです。

気が付けば大学を卒業し、就職し、結婚して子供が出来ました・・・そこで初めて気付いたのです!

いつ勝負するねん!って初めて思いました。

そこで今自分が選べる最高の選択がネットワークビジネスという仕事だったのです。

それから今もまだなおお金持ちになるために邁進しておりますが、いまだ達成されずもがいております。

しかし、成功には期限が無いのです。

いつか・いつかと思っている決意は五日で終わるといいますが、まさにその通りだと思います。

しかし、世の中にはきっちりと目標を期限を切って成果へと結びつける人種がいます。

それが受験で勝てあがってきた人間なのです。

受験には期限が必ずあります。

生まれたその日から高校受験の日は大体わかっているのです。

大学受験には「浪人」という裏技もありますが、高校受験には浪人はありません。

ですから、いつまでにどの程度のことをしないといけないのかわかっているはずなのです!

そして一番素晴らしいのは、「間に合わない」という経験ができる事なのです。

はっきり言いますが、高校受験を考えた場合「中学1・2年生」をさぼった子はもう爆発的に伸びることはないのです。

奇跡の大逆転は「中学1・2年生」の時に、伸びずとももがいた生徒さんが出す結果のであって中学1・2年生の間に努力していない生徒さんが中3になって慌てても遅いという経験が大切なのです。

人生には「手遅れ」という言葉を聞かされる局面がよくあります。

やる事をやるべき時期に行っていなければ、手遅れになる事は普通に考えればわかるはずです。

ただし例外の人種がいます。

それは中学受験組です。

私もその一人ですが、小学校の時に積み上げた勉強法を使えば、いつからでも挽回できると私は思います。

中学受験は失敗すればかなり精神的ダメージを受けますが、その時に得た「学習能力」は一生の財産になると私は思います。

ただし、中学受験を私は推進していません!

できるなら、小学校の時は基本だけをしっかり押さえておき「遊び」や「スポーツ」に力を入れたほうが良いと私は考えています。

ただし、中学1・2年生で勉強をおろそかにしている場合は高校受験はかなり厳しい展開になるという経験が人生で目標と期限をセットで考える思考を作るのです。

それも、中3で必死にもがかないとわからない事だと思います。

失敗は全て経験になる・・・それは必死ににやった場合にそうなるのです。

中途半端にした行動には何の成果も経験もありません。

いつからでも何にでも本気で行動して失敗する事には意味があります。

そして最後に言っておきたいことは「最も恐ろしい結果」とは何か?

本気でやりもせずに「結果」を得た場合です。

ダラダラと流されて結果を出す唯一の方法が「前倒し教育」です。

彼らは勝負所を理解できず、どんな局面でもダラダラと流されたどり着く場所を「結果」と勘違いして受け入れるのです。

このことが如実に現れるのが「大学受験」です。

大学受験は裏技があるとはいえ「期限」が決まっています。

その期限を意識して目標を立てられる人間こそが「社会」で活躍できる人間だと私は確信しています。

問題は「学歴」ではなく、「勉強歴」だと思います。

目標と期限をセットで考え、間に合うタイミングで勝負を仕掛けるのです。

そうすれば自然と結果はついてくるのです。

受験委間に合わないという経験をすることも大切ですし、間に合うような仕掛け方を覚える事も大切です。

ただし、周りからヤイヤイ言われて前倒しで準備をし、ダラダラと成果出すことが最悪なのです。

受験は子供たちを大きく成長させる機会ですが、大半の指導者が受験で子供を腐らせるのです。

意味のない前倒し教育を行ってみたり、アホみたいな量をさせて考えることをさせなかったり、宿題で大切な時間を無駄にしたり、質問に答えず答えを教えてみたり・・・

指導者が子供に与える影響は絶大です。

その指導者が何を考えているのか?その影響が大きく出るのです。

多くの塾講師が人よりも前倒しで教育する事に力を入れ、それが必勝法だと勘違いしていたり、丁寧に説明する事を正義と勘違いしたり、やさしさと甘やかしの違いを理解していなかったりするのです。

私は受験を通じて子供たちに教えたい事は「目標には期限があり、間に合うかが大切」ということです。

そして、間に合うように立てたプランで努力をすると無理だと思われた勝負をひっくり返せるということなのです。

私は勉強を教えたいのではなく、勉強を通じて「努力」の基本を教えたいのです。

だから挨拶や礼儀・姿勢を重んじるのです。

勉強だけ出来ても人生は乗り切れません、しかし努力の基本を分かっているとスポーツ・ビジネス・趣味の世界全てにおいて結果を出せます。

それこそが人生の必勝法だと私は確信しています。
スポンサーサイト



結果以外で評価し始めたから教育はおかしくなったのです

今は多くの中学生がテスト期間のため、テスト勉強真っ最中です。

今日も朝から中学生が塾に自習に来ております。

しかし、来ないといけない生徒さんで来ていない生徒さんもいることがとても残念です。

前から当教室では、塾を休まない事・宿題をちゃんとやる事、この二点だけで勉強はできるようになると提唱しています。

しかし、やはり勉強が苦手な生徒さんほどよく休みますし、規則を守りません。

私は学業も仕事も結果がすべてだと思いますし、結果以外で人を評価する事はできないと考えています。

生徒さんにもよく言うのですが、結果を出していれば「宿題をしてこない事」も「塾をさぼる事」もOKだと常々言っています。

仕事も同じだと私は思うのです。

結果を出していれば、会社は何も言いません。

問題は頑張っているのに結果の出ない社員や生徒さんです。

私の好きな言葉で世界のホームラン王「王貞治さん」の言葉で「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるとするなら、それは努力と呼べない。」という言葉があります。

できるまでやる!これが基本にあるのです!

残念ながら「才能」というものを無視できません・・・

やればすぐにできる子とすごく時間がかかる子が居ます。

なかなかできない子の「事情」を考慮していると、世の中おかしくなります。

出来ている子の中には相当努力をしてできている子も、才能に頼っている子もいますが才能に頼っている子はそれでいいのです。

そもそも、人間が平等であるという考え方が間違っているのです。

私は去年「教育格差」という問題で「英検の試験適用」を断念させた事がいまだに理解できません。

経済力が学力に影響を与えてはいけない?????

現状、高額な月謝を払い毎日塾へ通う生徒さんと、塾どころが家で宿題をする事もままならない生徒さんに格差が無いとでも本気思っているのでしょうか?

生まれつき裕福な家の子、美男美女のもとに生まれ生まれつき美人・男前の子、両親がアスリートで運動神経がいい子、両親がともに高学歴で勉強に適した環境で育った子・・・

平等なんてあるわけがないと少し考えればわかるはずです。

スポーツが一番良い例で、いくら練習を頑張っても下手くそならば試合には出られません。

もし、練習を頑張っているという理由で試合に出られるなら、試合に勝ち負けは言わない事が前提です。

勉強も同じで「努力加点」があるなら分かりますが、そんなものがあるはずもないのです。

だから、体が弱いとか要領が悪いとか、呑み込みが悪い、記憶力が悪いとか・・・何をどう言っても「結果」を出すしかないのです。

そのために自分が与えられた状況と才能でどう頑張るか?を教えることもまた教育の重要な側面なのです。

結果を前提に考えていかないと何も前進していかないのです。

自分の才能や境遇を言い訳にすると、誰も頑張れないと思います。

平等という「幻想」から早く抜け出し、「公平」を受け入れるべきなのです。

私はハングリーな人間が大好きです。

それは恵まれていない環境下で心の中に宿した「野心」なのです。

これに勝る武器は無いと常々思っています。

頑張っていても結果を出さないと認めてはもらえない、結果を出すためにどういう工夫と努力がいるのか考える。

これが一番重要なのであって「努力する事」が目的ではありません。

当教室では主要5教科で350点に到達していない生徒さんに人権は無い!許される答えは「はい!」と「Yes」だけだと言っています。

結果が全て。

この考え方で社会が動いている以上、結果にこだわる考え方を身につけさせないと社会で戸惑うはずです。

だからあっさり会社を辞めてくる社会人が多いのだと思います。

僕は悪くないとか、自分なりにやっているのにとか「自分の気持ち」を優先し、結果にこだわらない事が一番の問題だと思います。

その一番の原因が「現代教育」なのです。

勉強の目的って?教育は何のためにあるの?

私は自分自身が学生時代に「勉強する意味」を理解出来ず、本当にもったい無い事をしたと思っています。

もし、中学生に戻れるなら死ぬ気で勉強して、東京大学へ進学したいと思います。

ただ、自分が歩んだ道も悪いとは思っていませんが、東大を卒業していても同じ経験は出来たと思うのです。

私が東大に行きたかった理由は唯一つ「説得力」です。

東大卒の方が言うとすごく説得力ある事は事実です。

しかし勉強は東大へ入るためや、学歴を手に入れ就職を有利にするための物では無いと私は思っています。

勉強はあくまでも「思考力」を鍛え、「自己管理」を学ぶ一つの経験なのです。

だから、勉強が苦手=自己管理が苦手と私は思っていますし、およそ間違ってないと経験上感じています。

私は勉強が出来ない人はダメだと言っていません!「自己管理が苦手」だと言っています。

勉強からは多くを学ぶ事が出来ます。

自分という人間は分っていても「ミス」を繰り返す人間だと勉強は教えてくれます。

何度調べた単語でも忘れてしまい「自分は馬鹿なのかな?」という気付きもくれます。

何より計画的に行えば驚くような結果を出せる、つまり「コツコツ積み上げる事」の重要性を教えてくれます。

しかし、いい加減にやっていたり、いつまでも誰かに管理してもらっていたり、目標も無くダラダラやっていても学ぶ事は何もありません。

ちゃんとやれば勉強は「学力」以上の素晴らしい物を与えてくれるのです。

つまり、勉強は勉強というツールを通じて学ぶ「努力・自己管理・理性・自制心」などがとても重要なのです。

そんな事は大人は全員分っているはずです。

でも、テストで良い成績を取るために「個別指導」や「家庭教師」はたまた、両親が隣に張り付いて勉強させる・・・一体、勉強は何のためにあるのか?もう一度考え直して下さい。

当教室は保護者の手出し口出しを出来るだけ控えていただくようお願いしています。

理由は「自分で出来るようになる」事が重要で、補助がたくさんあって出来た所でなんの意味もないのです。

学生時代に色んな事を経験しておくことが重要なのであって、学生時代をそつなく過ごす事に何の意味もないのです。

だから、親が先回りして色々と教え込む事は子供が将来社会で出会うアクシデントの「免疫」を無くしている事なのです。

我々の子供の頃は勉強を通じて色んな事を学び社会を生き抜く「基本」を学校で教えてもらいました。

でも勉強をしない子も居ました、彼らはスポーツを通じて、もしくは社会に出てから「職人」の世界で同じ事を学んだのです。

だから日本経済は力強い物になりましたし、日本もまた世界有数の経済大国へと成長したと私は考えています。

しかし今、勉強から計算や知識、公式だけを学ぶ生徒が急増し、一言で言えば「未熟な社会人」が急増しています。

皆さんはどうですか?

お子さんに社会を生き抜く力を身に付けさせたいのか?大学に合格する学力を身に付けさせたいのか?

私は両方だと思います。

問題は順序なのです!まず生き抜くための力が先で、学力は後です!コレは間違いありません!

人間力の高い人は必ず、勉強も出来るようになります。

でも、勉強が出来るからと言って「人間力が高い」とは限りません。

勉強だけできてもしょうが無いと思いませんか?

教育は社会で生きている人間になる、つまり「自立」のためにあるのです。

その一番の目的は「良い人間」になる事です。

だから今学校で行われている教育で「良い人間」が育つのか?

もう一度考えて下さい。

無理だと分るはずです。

今は家庭教育が本当に重要です。

我々に時代に学校が教えてくれた「忍耐・理不尽」は教えてくれません・・・しかし、会社に入れば必ず「忍耐・理不尽」と出会い我慢する事を強要されます。

しかし、学生時代にそれを経験していない今の社会人は「そんでも無い非常識」と感じてしまうのです。

可愛い我が子に辛い思いをさせる・・・これは耐えがたい事ですが子供の気持ちを考える助けてあげたい!と思いますが、教育と言う面から見ると「経験しとけ!」と考えられるのです。

教育と保育は全く別ですし、子供を守るのでは無く「強くする」事をもっと考えて見ませんか?

子供を色んな事から守って「強くする方法」はありません。

子供自身が色んな事を経験しないとダメなのです。

批判される事を覚悟で言いますが、ケガ程度なら「経験」した方が人生にはプラスなのです。

しかし、取り返しの付かない事もあります。

例えば死亡事故はもちろんですが、精神障害を伴うような経験はダメです。

極端な事はダメですが、何処で線引きをするか?という問題です。

私は失敗と理不尽、忍耐を大いに経験させて強い子に育てる事がとても重要だと思います。

私が大学を卒業し始めて働いた会社で一番感じた事は「助けてやろう!」と思う後輩と、「勝手にしろ!」と思う後輩がいる事は事実です。

そして「助けてやろう!」と思う後輩は必ず「人間力」が高いのです。

「好きにしろ!」と思う後輩は大体が知識も学力も高いのですが「人間力」が低いのです。

そういう人間が我々の時代は「フリーター」となり、今は「ニート」になるのです。

高学歴ニートって聞いた事あると思います。

何故そんな人間が出来るのか?答えは「持っている学力」に「人間性」が見合っていないから、「自分への評価が低い」と勘違いしているのです。

学生時代に何を差し置いてでも「勉強」を優先した結果がコレなのです。

その事は薄々気付いているのに、まだ勉強を優先した教育を続けているご家庭が非常に多いことに驚きます。

まず、ちゃんと決められた事はやる、例えば「宿題」「お手伝い」「習い事」です。

多少つらい事があっても続ける「忍耐」も必要です。

何より、周りの大人に可愛がってもらえる「人間性」が重要です。

それをいち早く身に付けておけば「学力」ぐらい学校の誰かが何とかしてくれます。

まずは人間力!もっと平たく言えば「性格の良い子」に育てる事が一番重要です。

学力は後から付いてきます。

警告:予言:断言します!伊丹市は最悪の決断をしました

毎回同じような話をしますが、今回は真剣に本音を書きます。

まず、今年は小学校は教科書大改訂の年で普通に学校が運営されていてもカリキュラムの消化は難しいと言われていました。

加えて、この伊丹市や尼崎市、宝塚市は算数をちゃんと理解していない生徒さんがめちゃめちゃ多く、教科書大改訂の年以外でも数学で大苦戦する生徒さんが多いのです。

元々、小学校の先生はほとんどが「数学」を理解しておらず、数学に移行する時に苦労する生徒さんが多いのです。

これらの事が一気に今年は重なり、さらに伊丹市は今年中にカリキュラムを消化する方向へ舵を切りました。

断言します!絶対無理です。

もっと言えば、無理やり消化して「何にも分っていない生徒」を量差する事は間違いありません。

今回の影響を一番受けるのは小学1・2年生です。

正直言いますが3~5年生は自己防衛をしておかなければ、中学で今年の影響をまともに受け数学を難しいと言いますが、それは小学算数の理解が出来ていないだけなので対処をした方が良いと思います。

1・2年生はその影響が4~5年生で出始め、その原因が今年の無理クリカリキュラムを消化するために、公文や進学塾のような「パターン」指導をしてしまい取り返しの付かない事になります。

当教室で行っている「国算欲張りパック」のような「想像力」や「発想」を育てる授業が全く行われず、カリキュラムの消化に終始してしまい「学力の土台」が出来ない可能性が高いのです。

今までハッキリ言いませんでしたが、ハッキリ言います。

公文や進学塾のように「パターン演習」で指導すれば、誰だって前倒し学習を指導出来ますし、1・2年生で先取り学習をしているのは「本当の学び」を理解していない証拠なのです。

私から言えば「一番馬鹿な選択」と言えると思います。

今までハッキリ言わなかったのは、別にそれを選択する人が居ても良い、そう思っていましたが今回ハッキリ言いたいのは「学校が同じ教え方」をするので気を付けて欲しいのです。

今までのんびり構えている人は学校が時間をかけて教えてくれるので、大丈夫だったのです。

公文や進学塾、学研のようなパターン指導で前倒しを選択する人は個人の選択なので、自由だと思いますし後々後悔しても自分で選んだ事なので自業自得だと思うのです。

しかし、今回は「公立学校」で行われるパターン指導は意味が違います。

嫌な言い方をあえてしますが、学校の先生は「公務員」であり、公務員は「事なかれ主義」が生き残るために正しい選択なのです。

そして、私は学校の先生が悪い職業だとか、悪い人だとは思いません。

しかし、私の知人・友人で学校の先生になった人は全員転職し、その多くが塾を開業しています。

カリキュラムとは、サラリーマンで言う「ノルマ」であり、仕事の評価は「減点法」で評価されるため、カリキュラムをこなすため、塾化して行く先生がほとんどなのです。

私の後輩で、熱血教師と言われた久保田先生という人は「まともな神経していたら教師は辞めますよ」と断言していました。

ココで言いたいのは、先生は事なかれ主義であり「カリキュラム」は絶対なのです。

そして、学校の先生がどんな選択をするか私は知っているので「禁断のパターン指導」を全員が選択すると思います。

それでも、ちゃんと考えさせないと!と考えるまともな先生はカリキュラムが終わらない事を知っているので「禁断の手段」に手を出すか「カリキュラムを無視」するか選択を迫られるのです。

本当にパターン学習で答えを当てている生徒が賢くなると思いますか?

皆さん本当は知っているんです、パターンだけの前倒し学習は意味は無いと・・・でも、とりあえずと言う感覚で選んだ学習法や学習教室をいつの間にか「続ける」という事にこだわり「本末転倒」な結果になっていませんか?

今回は望む望まざるを問わず、全員パターン学習に巻き込まれていくのです。

対抗策は自己防衛、つまり「家庭学習」かプロに任せるしかありません。

今最も危険視されている勉強法に今年の小学生が全員巻き込まれる「現実」を知り、直視して下さい。

みんなが選ぶ「正解」はないのです。

自分で判断し、選択していく時代がいよいよ来たのです。

皆さんも薄々気付いていたでしょ?こんなぼーっと生きられる時代がいつまでも続くはずがありません。

自己判断の時代が到来したのです!

お手々つないでみんな仲良く同じ選択なんてこの先ありません。

コロナウィルスは幕開けの合図なのです。

ここからますます二極化していきます。

間違いの無い選択、多数決の時代は終りです。

リスクテイクをして、リターンを狙う時代が来たのです。

いかにローリスク・ハイリターンの選択をするか?

それには知恵と工夫が必要で、一番は踏み出す勇気が重要です。

教育は人生を決定する、間違いありません!

この度のコロナウィルスの緊急事態宣言を受け、結局どうすれば良いのか誰にも分らないのです。

いつ終息するかも分りませんし、国が保証してくれるかも分りませんし、学校に行けない子供達の勉強をどうして良いかも分りません。

皆さん正解を考えますが、ベストでなくてもベターな答えを自分で見つけ出すしかないのだと思います。

もちろん、感染を甘く見ているつもりもありませんが経済活動や教育はし続けなくてはいけません。

当たり前の話ですが、全くリスクの無い事など人生にはあり得ないのです。

今は専門家も先行きが見えないと言っている状態で、正解などあるわけがないのです。

このような状況ではどのような事態にでも対応出来る「柔軟さ」が求められますし、誰かの答えをあてにして行動してきた人は右往左往している様に思えて悲しくなります。

自分で考え行動し、リスクテイクを行い、自己責任の下行動する。

当たり前の話だと思いますし、いつから国や自治体に保証を求めるようになったのか?疑問に思います。

私はコロナウィルスによる休校が始まる前から、今回の教科書改訂は最低だと訴えて居ましたが、これだけ学校が休みになるともう学校側はどうしようもないと思います。

当然ですが、自己防衛が必要な時ですし誰かに教育を任せて良い訳ありません。

良くも悪くも自己判断が大切です。

世の中に平等な物など時間以外には無く、生まれつき持っている物も境遇も何もかも違うのが当たり前なのです。

今回の事態にしても、私は自分の両親とは同居しておりませんし、奥さんの両親もそばには居ますが出来るだけ接触しないように心がけております。

家族の中に重篤な疾患を持つ家族もおりませんし、この状況は恵まれていると自覚しております。

だからこそ出来る経済活動は続けるべきだと思っています。

もし、私の同居家族が重篤な疾患を抱えている場合、私も経済活動を完全に停止していたと思います。

しかし、インターネット授業とはいえ教室に大学生やアルバイトは出入りをし、感染リスクが無いとは言えない状況でも経済活動を続けられるのはありがたい境遇のおかげです。

みんな自分の境遇や与えられた状況で出来るベストを自分で判断し実行するしかないのです。

もう情報で右往左往するのは辞めませんか?

今後も子供達の勉強は続き、我々は経済活動を続けていかないと生きてはいけないのです。

そしてこういう変化のある時に絶対差が付くのです。

A YUMMY STUDY 伸学土台教室は特に問題が出ると予想される算数・数学の授業をインターネットで通常の8倍の時間行っています。

何故なら今は子供達は攻める時なのです!

コロナの問題がいつ落ち着くか分りませんが、もし5月6日に緊急事態宣言が解除されたとして子供達は「さあ、勉強だ!」と思うか?「やっと学校に行って友達と遊べる」と思うか?

誰が考えても遊ぶに決まっているのです。

しかし、忘れないで下さい、学校側は遅れた授業の辻褄を合わせるためにパニック状態で「理解しているしていない」にかかわらずガンガン進み、ガンガン宿題を出すのです。

そこに保護者も時間をかけられません、やっと通常業務にもどり仕事も家事もてんこ盛りです。

子供の勉強が順調に進むと予想する方がおかしいと思います。

前から言ってますが、学校側は完全に塾をあてにしておりますし、学校で教えなくても分ると勘違いしています。

だから今攻めておけば、後でゆっくり遊べるのです。

当教室の生徒さんのほとんどが恐ろしい程先に進んでいます。

それは「前倒し教育」では無く、「自己防衛」なのです。

塾で一度やっておいた項目を学校で復習する感覚なら、十分な授業をしてくれます。

しかし自己防衛無しに突き進むと、待っているのはいたちごっこの復習です。

特に塾でも、10年前の教科書改訂を経験した先生が教えている塾出なければ「どのように防衛するか」を分らないと思います。

私は今回のA YUMMY STUDY 伸学土台教室の自己防衛は上手く行っていると一週目で確信致しました。

コロナの緊急事態宣言の休校期間で一気に差をつけるチャンスだと思っています。

それは生徒さんの学力も塾としての評価も上がると信じています。

今まで色んな意味で適当にやっている「素人塾」や「商売人」が経営するサービス業の塾が浮き彫りになっていくと思います。

変化はチャンスと考えられる「思考」を鍛える事が勉強の目的の一つです。

A YUMMY STUDY 伸学土台教室の生徒さんと先生方は頑張っています。

今、この瞬間も生徒さんから送られてきた解答をパソコンでチェックしている先生がいます。

そこにあるのは攻めの姿勢と教育者としての生き様です。

私はそれを見ながら、ミキの漫才をYou Tubeで聞いています。

プロフィール

KAZ・FUJITA

Author:KAZ・FUJITA
学習教室を運営して15年、教育の仕事に関わり20年以上たった今、思うこと分かった事をドンドン書いていきます。私の意見にウソ偽りはありません。腐ったこの教育業界を私の手で少しでも変化させるべく情報を発信し続けます。
尊敬する人物は「坂本竜馬」、座右の銘は「因果応報」です。
勉強は大嫌い、でも絶対役に立つというスタンスで学習教室を運営しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR